東京高等裁判所 昭和28年(う)2195号 判決
被告人 真田末太郎 外
〔抄 録〕
被告人真田末太郎の弁護人Aの控訴趣意第一点、弁護人Bの控訴趣意について、被告人真田の職務権限の誤認の論旨。
原判決が挙示した被告人真田末太郎に関する証拠並びに原審で取調べた文化財保護委員会事務局総務部管理課長西田剛の太田地区警察署長宛の佐竹寺工事監督に対する調査事項回答書(甲第一号)、文化財保護委員会事務局長森田孝の同署長宛の職務権限及びその内容についての回答書(甲第二号)、茨城県教育委員会事務局社会教育課長の同署長宛の国宝建造物佐竹等国庫補助指令及び工事監督推せん書類四通及び当審証人伊藤久、同関野克の各供述を総合すれば被告人真田は昭和二十四年六月文部技官に任ぜられ昭和二十五年八月二十九日文化財保護委員会事務局保存部建造物課勤務を命ぜられ爾来同課第一修理係として重要文化財又は国宝たる建造物の修理工事について上司の命を受け高度の専門的技術的且芸術的の監督指導及び助言を行うことを職務とし、具体的には(一)国宝又は重要文化財の建造物の所有者又は管理者より修理施行前に国庫補助金の下附申請のあつた場合それ等の設計内容を調査検討し数量単価等適当と認めた場合はそれに対する意見書を付し(二)右建造物の修理完成後それ等の所有者又は管理者より提出があつた精算書の内容を調査しその内容が正当であるときは不都合でない旨の意見書を付しそれぞれ上司に回付し(三)前記建造物が腐朽破損し修理を必要とする場合それらの所有者又は管理者の願出により現地に到りその破損状況を精細に調査しそれに適合する修理設計書を作成し又はその指導に当り、(四)右建造物の修理の際には所有者又は管理者の要請により工事監督としてその修理の技術的指導に当る等の職務を持つていたものであることが認められる。
(被告人真田の収受した金員の趣旨と職務関係の誤認の論旨について。)
次に前記証拠によつて認められる本件の経過を見ると
本件佐竹寺本堂は明治三十五年国宝の指定を受けその後文化財保護法の制定により重要文化財建造物としての指定を受けたので重要文化財保護委員会の指示を受けることになつたものであるが、かねて本堂の屋根が破損した為同寺の管理者であり住職である相被告人高橋隆宥より工費四百万円を要する設計書と共に国庫補助を申請していたところ設計予算縮少の上補助金が得られる見込となつた。そこで被告人真田は昭和二十五年頃右佐竹等に実地調査に赴き本堂の破損状況を調査した結果西側のコケラ葺が相当破損していたがその他は無理して直ちに修理しなければならぬ程度ではなかつたが右高橋よりの懇請により再び同年七月頃被告人真田は修理工事の設計の為に同寺に出張して材料の必要量や坪数を調査し、総工費百九十八万円、内、国庫補助金百五十五万円、地元負担金四十三万円の予算設計書の原稿を作成して被告人高橋に送付してやり、同被告人は同年九月頃右原稿に基き予算設計書を作成してこれを国庫補助申請書に添付し、茨城県教育委員会(以下県教育委員会と略記する)を経由して文化財保護委員会(以下単に保護委員会と略記する)に提出した。そこで被告人真田は右申請書添付の設計書を審査した上、適当である旨の意見を付して主務課に回付し、結局右委員会において右申請は容認されるに至つた。なお同被告人は、被告人高橋に対し右地元負担金については県費の補助を求めるよう助言し、かくて、同被告人は茨城県より金三十二万円の補助を受けて右工事を施行した。而して右工事に関しては文化財保護法第四十七条に基き佐竹寺管理者たる高橋等より工事監督竝びに現場主任の推せん方申出があつたので右保護委員会は被告人真田を工事監督に推せんしたので被告人真田は昭和二十六年三月十四日頃から同年十二月まで前後六回に亘り工事現場に出張して工事監督に従事した外、自ら休日又は他の出張の序を利用して約十回に亘り現場に立寄り工事監督の事務に従事し、昭和二十六年十二月末右工事は完成した。その後被告人真田は原判示日時場所において被告人高橋より右修理工事に関し前記各般の職務上の尽力をしたことの謝礼として金一万円と三万円と合計金四万円を貰い受けたものである。すなわち、被告人真田は前記職務権限に基いて本件佐竹寺本堂修理に関し、補助金を受ける為の実地調査、予算設計書原稿の作成、国庫補助申請書類の審査、設計内容の適否の意見の添付、工事監督等、諸般の職務行為をしたものであることが明かであるから、同被告人が右職務に関する謝礼たるの趣旨を諒知しながら、被告人高橋より前記金員を収受したものである以上、収賄罪の責を免かれることができないことは論を俟たないところである。
而して右金一万円及び金三万円が被告人真田の前記職務上の尽力に対する報酬として授受されたものであつて、右三万円は所論のような旅費、日当、宿沼料等(以下旅費等と略記する)ではなく、また右一万円が純然たる記念品代でないことは、同被告人及び被告人高橋の検察官の各供述調書竝びに原審証人天木薫の証言等前記証拠によつて十分に認められ、また贈賄者たる被告人高橋において、被告人真田の原判示第一の(ロ)のような職務権限を認識していたこと竝びに被告人真田が右金銭の前段説示の趣旨を諒知しながらこれを収受したものであることは被告人高橋及び同真田の右各供述調書等前記証拠によつて明かなところである。而して、被告人高橋が右事項以上に被告人真田の職務内容及び関与の程度を仔細に亘つて認識していたかどうかは本件犯罪の成立を左右するものではない。
両弁護人は、被告人真田は文化財保護法第四十七条第四項により、本件文化財管理者の申請に基き右保護委員会より推せんされて工事監督をしたのであるから、本件工事監督としての同被告人は公務員たる身分を離れ、(一)一私人として佐竹寺の委任を受け、または雇傭されたものと見るべく、かつ、同被告人はその間佐竹寺より委嘱されて現場主任を兼ね、工事監督及び現場主任の仕事に従事したものであるから右金員に報酬謝礼の趣旨が含まれていても職務に関する金銭の授受でないから、収賄罪を以つて論ずる余地なく、(二)また仮に職務行為であつたとしても、政府補助金を含む本件工事予算中、右委員会の承認した工事監督及び現場主任の手当等の費用があるのであるから、この予算より支払を受けたものである以上、収賄罪に該らないとしてこの点についての事実の誤認及び法令の解釈適用の誤りを主張するので、この点について案ずるのに、
文化財保護法によれば、文化財保護委員会は、文化財の保存その他同法所定の目的を達成する為必要な事務を行う国家機関であり、その事務執行の方法として、重要文化財の修理に関し、政府が補助金を交付した場合には、同法第三十五条によりその修理について指揮監督し、また同法第四十七条により所有者又は管理者の求めに応じて技術的指導を与えることができるものとされている。而して同委員会は同法第十六条によりその所掌事務を遂行するため事務局を置き、文化財保護委員会事務局組織規程(昭和二十五年九月五日同委員会規則第一号)を以つて同委員会の事務を行う職務分掌を定めているが、その第七条によれば、同事務局保存部建造物課は、建造物たる重要文化財の修理についての命令、勧告、指示及び指揮監督、建造物に関する専門的技術的指導と助言等に関する事務を管掌するものであつて、前記法第三十五条及び第四十七条の指揮監督及び技術的指導はいづれも建造物課の所管とされ、同課員はいずれも上司の命により同課の右事務を執行する権限を有することは明らかである。而して右事務遂行の一部面である前記専門的技術的指導助言の方法は、或は書面のみによつてこれをなし、或は技官を工事現場に派遣してこれをすることもあるべく、また工事施行者(所有者又は管理者)の要請に応じて委員会が工事監督又は現場主任を民間の専門技術者から選定推せんし、もしくは委員会所属の専門的技官を推せん派遣して工事監督又は現場主任に当らしめる場合もあるべく、而して右の如く右委員会の推せんによつて現場に派遣されて工事監督に従事する場合は、その事務はとりもなおさず右委員会の技官として同法第四十七条の職務を執行するに外ならないものというべきであり、この場合該工事監督に同法第三十五条の指揮監督を併せ為さしめることも、もとより妨げるものではない。
被告人真田は保護委員会保存部建造課第一修理係として前記のように専門的技術的且芸術的監督指導及び助言を行い、重要文化財の修理に関し、その所有者又は管理者の要請があるときは委員会より工事監督として派遣されてその修理の技術的芸術的指導に当る等の職務を有し、本件佐竹寺の政府補助金による修理工事については、工事施行者(管理者)たる被告人高橋等の要請に基き右委員会より工事監督として推薦派遣されてこれに従事したものであるから、右工事監督に従事したこともまた同被告人が右委員会技官としての職務を遂行したものであることは論を俟たない。
もとより一般には工事監督は工事施行者において雇傭するものであつて、重要文化財たる建造物の修理工事についても民間技術者を工事監督として雇傭することを妨げるものでないことは所論の通りであるが、本件工事を初め重要文化財たる建造物の修理工事の如く高度の専門的技術を要することから、その推薦を同委員会に求めること多く、同委員会においても、民間より適材を求めることが困難なため、同委員会所属の技官を工事監督として推薦すること多く、本件修理工事もまた右慣例に従つて被告人真田を佐竹寺に工事監督として派遣してこれに従事させたものであることは前記の通りである。従つて工事監督は本来一般に民間の専門家を雇傭する建前であるからといつて、そのことから直ちに所論のように被告人真田が単なる一個人として佐竹寺に雇われ又は同被告人の本件工事監督の事務が同人の技官たる地位を離れたものであるということはできない。すなわち、被告人真田の右工事監督の為の工事現場への出張は公務の出張であり、その旅費等は本来国庫より支給せらるべきは当然である。
論旨は、被告人真田が工事施行者たる被告人高橋から直接旅費等の金額を受領していることを以て佐竹寺及び同被告人間の雇傭関係存在の論拠とするが、前記証拠によれば被告人真田がその旅費等を総工費中から工事施行者の手を経て受領する所以のものは、右委員会においては所属技官の年間出張旅費等の予算額が少額で、前記事務遂行の必要を充たすことができない状況にあつた為大蔵省及び会計検査院の了解の下に前記のような技官の工事監督としての旅費等は便宜国庫補助金を含む総工費中より国庫に代り支出することになつていたからであつて、右旅費等はその現金が国庫より直接支払われる代りに工事予算より支出されるに止まり、工事施行者と技官との間で自由に定められた金額を適宜採受されるものではなく、技官は委員会から、出張命令に当つて交付された国家公務員等の旅費に関する法律に基く支給額を記載した旅費計算書を工事施行者に提示し、工事施行者はこれに委いて記載された金額を技官に交付するものであつて、(急を要し予め計算書を所持せずに出張した場合は帰庁後直ちに上司に報告の上計算書の交付を受けて追送すべきものとされて居り)被告人真田もまた右工事期間中右趣旨に基き右手続の下に六回に亘り出張し、工事施行者側たる被告人高橋より前記正規の支給額の交付を受けていたことは疑ないところであるから、同被告人の手から旅費等を受け取つていた事実を以つて、被告人真田が佐竹寺側との委任乃至雇傭契約の存在の根拠とすることはできない。従つて被告人真田の受領した前記金四万円の謝礼を同被告人の職務に関係のないものということはできない。
証人関野克その他前記証人の証言中前記説示に反する法令の解釈に関する部分は、法令の誤解に基くものであつて、採用し難い。
また前記証拠によれば、被告人高橋等佐竹寺管理者側は、本件修理工事につき現場主任の推せん方をも申請したのに現場主任については遂に推せんがなかつたことは所論の通りであるが、原審竝に当審の証人関野克の証言中には、現場主任は本件工事が短期工事でもあり、現場主任は工事現場に常駐して工事全般を掌理するものであるため適任者を得ることができず、かつ必要があれば工事監督たる被告人真田より申出があるべきであるのに何等の申出がなかつたとの供述があり、被告人高橋の検察官に対する供述調書中には本件工事については現場主任及び現場書記の仕事は工事施行者たる被告人高橋が担当した旨の記載があること等を総合すると被告人真田が現場主任として委嘱又は雇傭されてその仕事に従事したものとは認められない。
その他全記録を通じても被告人真田が被告人高橋等工事施行者側から委嘱又は雇傭されて本件工事監督または現場主任の仕事に従事したものと認められる措信し得べき証拠はない。
而して、右金三万円が被告人真田が前記のように正規に出張し工事監督等の仕事に従事した外、自発的に他の出張の序又は休日を利用して工事現場に赴いて修理工事のため尽力したことに対する費用や謝礼の趣旨が含まれていたとしても、これを前記職務上の行為に対する謝礼と分別し得ない限り右金三万円全額について収賄罪が成立するものと言わなければならない。
又原審で取調べた重要文化財建造物佐竹寺本堂屋根葺替修理工事仕様精算書中の実施工事費明細書人件費の項に監督費及び書記費の項目があることは所論の通りであるが、これあるがために政府補助金を包含する工事予算より支出された本件合計金四万円を被告人真田が報酬として受領した行為が収賄罪に問われる筋合ではないということはできないのみならず右精算書中には正規に支出した前記旅費等の外に右金四万円が人件費より支出された記載はない。
原判決には各所論のような事実の誤認も法令の解釈適用の誤りもない、叙上各論旨はいづれも理由がない。
次に原判決は、被告人真田の職務の一として工事の技術的指導監督を掲げ、前記謝礼の対象たる職務の一つとしても本件工事中の技術的指導監督をしたことを挙げていることは所論の通りである。そこで工事施行者の申請によつて右委員会から工事監督として派遺された委員会所属の技官は、同時に当然に同法第三十五条第三項第十八条(昭和二十七年法律第二七二号による改正前の)第二号の指揮監督の職務権限があるか否かについて案ずるに、元来重要文化財の修理について多額の経費を要し所有者又は管理者がその負担に堪えない場合に政府がその経費に充てるため所有者又は管理者に対し補助金を交付する所以のものは、重要文化財の保存が適切に行はれることは、単にその所有者の利益のみならず国家社会の文化的要請に基きその保全に万全を期せんとするにある(文化財保護法第一条第三条参照)のであるから、この場合は同法第三十五条により修理について指揮監督のできるものとしたものであつて、必しもこの場合の指揮監督は単に経理の面のみでなく、工事の進行状況や技術的芸術的な面においても指揮監督ができることは、右法律の精神に照して疑を容れないところであるが、他面当該重要文化財が民間の所有に属する場合には、すべてについて、その運営に介入監督することは適当でないところから、特に法規に明文ある場合にのみ、委員会の右権限を行使するものとされているのである。(同法第七条第二項)前記証拠及び記録を調査すれば、本件工事については、佐竹寺側の申出により、所属技官を工事監督として派遣して修理の技術的指導を行つたものであつて、同委員会が積極的に該工事に関し指揮監督の必要を認めて、被告人真田をして工事監督と工事の指揮監督とを併せなさしめたものと認めるのは困難である。もし原判決が、監督という用語を指揮監督の意味で用いているものとすれば、この点に事実の誤認又は法令解釈の誤りがあるとゆうことができる。
しかしたとえこの点に事実の誤認法令解釈の誤りがあつたとしても右誤認乃至誤解は、被告人真田の収受した前記謝礼の趣旨の一部のみに関するに過ぎないから、それ等の違法は判決に影響を及ぼすこと明かな場合ではないから、これを以つて破棄の理由とすることはできない。
また原判決が被告人真田の職務の一として国庫補助金下附申請に対する適否の意見具申を掲げていることは所論の通りであるが、その趣旨とするところは、前記の通り国庫補助金下附申請があつた場合その設計内容を調査検討し、数量単価等を適当と認めた場合には、適当である旨の意見を付して上司に回付する趣旨と解せられるから、これを以つて事実の誤認があつたものとは認められない。
結局原判決には各所論のような、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認、法令の解釈又は適用の誤りはなく、各論旨は理由がない。